(続)とある最底辺歯科医の戯れ言集

日本語が不自由な歯科医師のろくでもないお話 

認知症患者に義歯を作る時の判断基準

 

 

 

みんな迷う

認知症患者に義歯を作るのは非常にリスキーである。

なぜかというと使ってくれない、ということが頻繁に起こるからである。

保険での義歯製作自体は、それほど高額とは思わないが、医療費や介護にかかる費用が優先される事が多く、歯科治療まで快く全員がOKしてくれるわけではない。

特に訪問診療になると加算点数が入るため通院よりかなり割高になる。

それで結局使えるか使えないか分かりませんよ、ギャンブルですよ、と説明すると余計にYesと言ってくれる家族は減るのである。

 

基準ってないのかな?

なんか製作する判断の参考になる指標とかがあるといいなあ、と思っていたら

認知症の人への歯科治療ガイドライン

にあったーーー!!!

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ガイドライン

フムフムと読んでいたわけだが、

「MMSEを指標に、スコア14以下の者の義歯非使用率は15以上群の約1/3との報告もあり」

と言うところが引っかかった。MMSEは30点満点でスコアが高い程認知機能が高いはずである。この上記文章だと、認知機能が低い人で義歯を使用していない人の割合は認知機能が高い群の義歯を使用していない群の1/3、という解釈になってしまう。

これは逆なんじゃないだろうか?

となればリファレンスを読んでみるしかないのである。

 

原著を読んでみよう

Influence of Mental Status on Removable Prosthesis Compliance in Institutionalized Elderly Persons.

The International Journal of Prostodontics 146-149,2005.

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原著はこれである。

なんと広大の時の赤川先生の教室の研究だ・・・。

このブログ、なんか赤川先生がO羽の学長になっちゃったので、先生をどうしても叩くブログになってしまった頃があり、ちょっと後ろめたい感じが一杯なんだが有り難く読ませて頂こう。

 

abstract

Purpose: It is well-recognized that many institutionalized elderly persons with dementia do not wear dentures. The objective of this study was to evaluate the current status of denture use among elderly patients with dementia, in association with degree of mental impairment, to provide information relating to a decision-making process for optimal denture treatment. Materials and Methods: From August 2001 to December 2002, 101 hospitalized elderly persons in a geriatric hospital dental clinic received removable denture treatment by two certified prosthodontists. Prior to denture treatment, patient mental status was evaluated using the Mini Mental Status Examination (MMSE). Basic activities of daily living, including mobility, feeding, toilet use, dressing, and bathing, were also evaluated. Denture acceptance was determined 6 months after denture delivery. Results: Eight patients were excluded; 73 patients had accepted their dentures and 20 had not 6 months after denture delivery. The mean MMSE score for patients who did not accept denture delivery (11.7 ± 7.0) was significantly lower than that of those who did accept and wear their dentures (16.0 ± 6.8). Conclusion: The cognitive status of institutionalized elderly persons with dementia should be a criterion for clinical decision making relating to denture treatment.

認知症高齢入所者の多くは義歯を装着していない事はよく知られている。本研究の目的は認知症高齢患者の義歯使用状況を評価し、適切な義歯治療の意思決定のための情報を提示することである。
方法:2001年8月~2002年12月までに2人の補綴専門医によって義歯治療を受けた入所者101名を被験者とした。義歯治療に先立ち、MMSEによる認知機能やADLが評価された。義歯の受容に関しては義歯装着から6ヶ月で判断した。

結果:8名が脱落。73名が義歯を受容したが20名は受容できなかった。義歯を受容できなかった患者の平均MMSEスコアは11.7±7.0であり、義歯を受容できた患者の平均MMSEスコア16.0±6.8よりも有意に低かった。

結論:認知症患者における認知機能のレベルは義歯治療の意思決定の基準となりうることが示唆された。

 

introduction(の一部)

Loss of teeth reduces masticatory capability,subsequently influencing food selection and nutritional status, and may result in protein-energy malnutrition (PEM).4,5 Previous studies have shown that PEM results in a higher level of mortality for these frail elderly persons.6,7 Although adequate dental rehabilitation of edentulous patients improves mastication and diet,8,9 many elderly people who have lost teeth, particularly those who are institutionalized, do not wear dentures.10,11 These studies suggest that tooth loss can affect quality of life (QOL) for elderly people.

歯の喪失は咀嚼機能の低下を招き、食べ物の選択と栄養状態に影響を与え、PEM(protein-energy malnutriton)になってしまう可能性がある。

PEMの存在は虚弱高齢者にとって死亡リスクとなる。適切な歯科の介入により無歯顎者の咀嚼機能や栄養状態は改善したが、歯を喪失した施設入所者の多くは義歯を非装着であった。これらの報告は歯の喪失は高齢者のQOLに影響を与える事を示唆している。 

 

Material and Methods

One third had not been wearing dentures, and the others had dentures that fit poorly. All were medically stable. Individuals with acute stroke (within 6 months) or degenerative conditions such as Parkinson’s disease were excluded.

101名が被験者だが、1/3は義歯を元々使用しておらず、残り2/3は適合不良であった。6ヶ月以内の脳梗塞やパーキンソン病などの進行性疾患を有するものは除外した。

 

Prior to denture treatment, the cognitive status of each patient was evaluated using the Mini Mental Status Examination (MMSE).12 The MMSE provides a quick way to evaluate cognitive function and is often used to screen for dementia. Maximum total score on
the exam is 30, and a score of 20 or less usually is understood to suggest dementia. Patients who could not respond to questions on the MMSE were excluded from the analysis. Dependence relating to basic activities of daily living (ADL), including mobility, feeding, toilet use, dressing, and bathing, was also measured.

義歯治療の前に認知機能をMMSEを用いて評価した。MMSEは認知症のスクリーニング検査としてよく用いられている。30点満点で20点以下は認知症疑いである。(今は23点が認知症疑い?)MMSEに回答できない患者は除外した。 また移動、食事、排泄、着衣、入浴に関するADLの介助依存度についても評価を行った。

 

Six months after denture delivery, denture wear and use at mealtime were evaluated. Baseline characteristics and the ratio of denture wearing were compared between those patients with maxillary and mandibular complete dentures, and those with removable partial dentures using analysis of variance (ANOVA) and chisquare tests. Differences between denture wearers and nonwearers were also evaluated with ANOVA and
chi-square tests.

義歯装着から6ヶ月後に義歯の装着と食事時の使用に関して評価した。ベースライン時の総義歯装着者と部分床義歯装着者間の比較を一元配置分散分析とχ2検定にて行った。また義歯装着者と非装着者の比較に関しても同様の統計手法にて比較を行った。 

 

Results

Fifty-two completely edentulous and 49 partially edentulous patients were treated. During the observation period, 3 patients had been discharged, 3 had become unconscious, and 2 had died. Among the remaining 93 patients, 73 had been wearing their dentures, whereas 20 had not.
Comparing the patients with complete dentures (n= 46) and removable partial dentures (n = 47), the mean age was significantly higher in the complete denture group (P < .050), but other factors were not significantly different (Table 1). Prevalence of the patients
using dentures did not differ between these groups; 37 (80.4%) had complete dentures, and 36 (76.6%) had removable partial dentures. 

52名が完全無歯顎、49名が部分欠損症例であった。101名から8名脱落して最終的なサンプル数は93名となった。 半年後に新義歯を使用していたのは73名、新義歯不使用だったのは20名であった。

全部床義歯装着者と部分床義歯装着の比較では、平均年齢に有意差を認めたが、他の要因に有意差を認めなかった(表1)。義歯使用の割合は両群間に有意差を認めなかった。 

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表1

 Comparing denture wearers and nonwearers in terms of basic ADL, only feeding and dressing differed significantly between the two groups (P < .050; Table 2). In addition, patients dependent in terms of basic ADL had significantly lower scores on the MMSE (P<.050; Table 3).

義歯使用者と非使用者のADLの比較では、食事と着衣のみに有意差を認めた(表2)。加えて、 ADLにおいて非自立患者は有意にMMSEスコアが低かった(表3)

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表2

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表3

Mean MMSE score for denture nonwearers was significantly lower than for denture wearers (P < .050; Table 2). When the patients were divided into two groups using an MMSE score of 14 as the cutoff point for severe dementia, patients with a score of 14 or lower were 0.31 times more likely not to wear their dentures (95% confidence interval 0.11 to 0.85); of a total of 73 denture wearers, 32 scored below 14, whereas 14 of 20 nonwearers had a score below this cutoff. 
義歯を使用していない群の平均MMSEスコアは義歯使用者と比較して有意に低かった。MMSEスコア14をカットオフ値として2群に分けた時、14以下の群は0.31倍義歯を装着しない傾向を認めた73人の義歯使用者中32名がスコア14以下、20名の義歯不使用者中14名がスコア14以下。

 

問題が発生

MMSEスコア14をカットオフ値として2群に分けた時、14以下の群は0.31倍義歯を装着しない傾向を認めた。

確かに書いてあった。 しかし、これは体感的にもおかしいし、文脈的にもおかしいだろう。

義歯を使用していない群の平均MMSEスコアは義歯使用者と比較して有意に低かった。

と前文に書いてあるのだから。

実際この後のDiscussionにおける図1をみると

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図1

明らかにMMSEが14以下なら、新義歯を作って装着するかどうかはMMSE15以上の群を1とすると0.3ですよ、という私が期待する結果通りの図になっている。

patients with a score of 14 or lower were 0.31 times more likely not to wear their dentures (95% confidence interval 0.11 to 0.85);

このnotは間違いではないだろうか?

 

また、もう1つ問題がある。

In addition, patients dependent in terms of basic ADL had significantly lower scores on the MMSE (P<.050; Table 3).

ADLにおいて非自立(dependent)患者は有意にMMSEスコアが低かった(表3)

と書いてあるのだが、表をみると

 

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明らかにdependentの方がMMSEスコアが高いのである。

これもdependent とindependentが逆なんじゃないだろうか??

 

またこれをそのまま訳してしまったので、認知症の人への歯科治療ガイドラインの文章もおかしい状態になったと考えられる。

私の訳や解釈にミスがあるようならご指摘よろしくお願いします。

 

どちらにしても

結果としてはMMSE15をある程度カットオフ値として義歯を新製するかどうか決める、というのはある程度の根拠にはなると思う。

ただし、被験者数が少ない所と

discussionに

Within the context of the limited results of this study, it can be concluded that frequency of denture wearing will be significantly lower for those patients with an MMSE score of 14 or lower. It is also possible that some nonwearers in this study may still use their old dentures instead of the new ones.19

MMSE14以下の群において新義歯を使わずに旧義歯を結局使い続けている人がいたことが書いており、では旧義歯使用者に新義歯を作る基準というのはまた別にあるなあ、という感じだった。

私の場合、明らかに今使用している義歯のクオリティに問題があり、絶対に作った方がよい+患者が受容してくれそう・・・・なら作るようにしているのだが・・・そこら辺は本当に難しい所。

MMSEに関しては慢性期の病院やグループホームなら評価してくれている可能性があるわけでそこへの訪問で義歯の新製を考えるならデータを判断の一助にしてもよいのかな、と思った。

 

MMSEは国家試験出題基準

MMSEなんて聞いたこともなかったよ、という開業医の先生。

実はMMSEは国家試験出題基準。

つまり今卒業している学生は全員1度は習うものである。

MMSE?なんじゃそりゃ?歯科には必要ねーよ、とか言ってると若い先生達は何も言わないかもしれないが、内心馬鹿にされているかもしれませんよ・・・ 

 

認知機能のスクリーニングとしては

MMSE

長谷川式スケール(HDS-R) 

が日本では使用されることが多いはずである。

両方とも出題基準にばっちり入っているから学生もしっかり把握しておこう。

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歯科医師国家試験出題基準

 MMSE

MMSEは以下の質問に答えて貰う質問用紙形式である。

日本語版はMMSE-J

満点が30点。

普通の人はほぼ満点。

しかし認知が落ちてくると満点が取れなくなる。

27点以下でMCI(軽度認知障害:認知症の前段階的境界領域)

23点以下で認知症疑い

と判断する。

 

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MMSE

長谷川式スケール(HDS-R) 

HDS-Rも質問用紙形式のスクリーニングテストである。 

これも30点満点で20点以下は認知症疑いである。

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HDS-R

終わりに

MMSE15点というのはある程度認知症が進行した状態であり、そこまで進行しても案外義歯新製を受けて入れてくれる可能性はある、という事だ。

案外チャンレンジできるものなのだなあ。

義歯の受け入れについて医療系の方にお話しするチャンスがあれば、この話を是非取り入れてみたいと思った。

メディカル系の人が抱えている入院患者や施設入所者に関して歯科に期待するのは口腔ケアと咬めるようにして欲しい、というのがずば抜けて多いと思う。

咬合支持が全くなければやはり咀嚼を必要とするような食形態は難しい。

歯科が介入し円滑に食形態を上げていく事で栄養状態の改善に寄与するわけだが、義歯が使えなければその計画は頓挫してしまう。

そういった意味で義歯が使えそうかどうか、というものの見極めに関して今まで曖昧に説明してきたことに1つ可能性がある指標を与えてくれた事は大変有意義であると思う。

 

おまけ

歯学部生は

dementia  認知症

cognitive 認知

edentulous 無歯顎

あたりはしっかりおぼえておきましょう。 

 

認知症の人への歯科治療ガイドライン 

ちょっと今回ケチがついてしまったが、内容としては非常に面白いのでまだ購入していない方は是非お勧めしたい。

医歯薬出版様、1度このページをもう一度ご確認頂けますと幸いです。

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